IE9ピン留め

唐丹小学校

NHKの7時のニュースで、津波で校舎が破壊された釜石市唐丹小学校の、仮設校舎への引越しの様子が紹介されました。

7月に、唐丹小学校のすぐ近くで瓦礫撤去作業をしているので、画面に釘付けになりました。

http://fujiiymk.exblog.jp/13130223/#13130223_1

防災教育が徹底していたため、児童は地震後すぐに避難して、死者はいなかったそうですが、現地は海から数100mの場所。海と学校の間には、高さ10mはある巨大な防波堤があるんですが、津波はそれを乗り越えて、背後の学校や家々を根こそぎにしていました。

引越し作業は大人だけでなく子供たちも頑張っていて、テレビの中の一人ひとりの顔から目が離せませんでした。あの廃墟の学校でこの子たちは過ごして、あの日恐怖と戦いながら逃げ出したんだな…。と思うと、泣けて泣けてしかたなかったです。それに、自宅も学校の近辺だろうから、ほとんどの子が家を失っただろうし。

# by fujiiymk | 2012-01-12 23:03 | Trackback | Comments(0) 

10/30(日)大船渡市(3・了)

午後は、陸に上がったままの泥や瓦礫をネコ車に積んで運ぶ。側溝からすくい上げるよりラクかも…と思ったけど、むしろこれのほうが大変。水気が抜けて比重が増してる気がする。

最初は数人で苦労しながらやっていたけど、途中から人を回してもらったのでどんどんはかどる。でも泥や土の中に瓦や木屑が多く入っていると、スコップがそれに当たって山に入って行かない。参加者の半分以上が軍手だったので、ゴム手袋の自分はがれきを拾ってはネコ車に放り入れる。

自販機のタバコのサンプルやダーツの矢を見つけた。赤銅色に錆びた100円玉もよく出た。飲みかけのボトルも出てきて、「これも供養」と参加者の一人が中身を側溝に流した。出土品から、近くが飲み屋街だったのではと皆で推測する。スーパーマリオブラザーズのロムカセットもあった。津波があったのって昭和?



作業の後、バスは廃墟となった市街地へ。ボラセンに戻る前に、街の中心部を見せてくれるらしい。

1~2階が鉄骨だけになった建物や、基礎だけになった建物が並ぶ。大船渡プラザホテルとショッピングプラザマイヤ(岩手県沿岸南部を中心に展開するスーパー。本社は大船渡市)の近くを走ると、海に程近いマイヤの周辺はまだ水に浸かったまま。地盤沈下しているのだろう。堤防に小型の船が乗っているのが見えた。見間違いではないと思う。大船渡駅だったはずの場所は、まったく何もない。

市街地から国道45号に向かって坂を登ると、すぐに無傷の住宅が連なって見える。生活の気配がある。でもその家々の向かい側の家は半壊していたりして、無常としか言いようがない。参加者のひとりの話によると、いつ廃業してもおかしくないようなホテルが被災を免れ、今は1年先まで予約がいっぱいだったりするらしい。何が幸いするか分からない。


ボラセンを出発した後、バスは「かもめの玉子」で有名な、さいとう製菓の販売店に。せっかくなので何か買おうかと降りてみる。店頭に、震災後の地元の人の写真と言葉をいくつも並べたポスターが貼ってあって、ひとつひとつがリアルで重い。「俺、みんなの分も頑張るから」という言葉と青年の写真に泣きそうになった。

「くずまき高原チーズケーキ」(http://www.saitoseika.co.jp/item_detail/itemId,36/)を職場への土産に買ってみた。とても美味だった。


今回のボラバスの参加者は、ややリタイヤ世代が多かったように思う。また、もう何度も参加している人もいるようで、手馴れた人が目立った。あと、高校生くらいの娘2人と母親や、60歳代くらいの単身参加の女性も。すごい。特に、若い世代が関心を持ってくれるのは頼もしい。


堤防の上に船舶が残る。手前は歩道。
マイヤとその周辺。水がまだ引かない。
マイヤとその周辺。地図を見ると、今は空き地に見える場所にも建物が立ち並んでいたことか分かる
(被災地での写真撮影はモラル違反です。クレームがあれば直ちに削除します)

# by fujiiymk | 2011-11-01 22:00 | 震災・ボランティア | Trackback | Comments(0) 

10/30(日)大船渡市(2)


作業は側溝の泥上げ。海の方ほど水が多く、溢れて側溝の縁が見えなくなっている。2人1組で使う専門の工具やバールを使ってフタをあけて、スコップで泥やがれきをすくい上げ、ネコ車で運んで集め、最後にフタを戻すのが一連の流れ。

受け持ったのは深さが40cmほどもある新しい側溝で、フタも重たい。泥水で見えないフタを2人1組で空けていくけど、フタのない側溝をまたぐ時は、どこが穴かはっきり分からないので感覚的に怖い。フタを寄せる時は、すくい上げた泥に足をとられそうになる。1度、足にフタを落としかけたけど、とっさに避けて大したケガにはならず。1時間ほどで痛みは引いた。

側溝すくいも、石や瓦礫、泥と水が重くなかなかの重労働。厚手のゴム手袋を持参したのが幸いして、泥水に手を突っ込みながら作業を進める。底のほうに粘土のようにたまった泥がとても重たく、他の参加者が言うにはそれは重油だとのこと。オイルタンクが破損して流れ出たのだろうか。

ネコ車での運搬もまた難儀で、水も固形物もいっしょくたなので、重い上にバランスがとりにくい。捨て場(といっても、誰かの家の敷地のはずなのだが)は粘性の強い泥だらけなので、足をとられやすい。作業の終わりごろにはネコ車が1台ダメになってしまった。

海側のほうは、午後には大潮で水が上がり、作業ができなくなるとのことで、午前のうちはそちらをメーンに作業。よく見ると、海側の道路は砂利が敷かれている。冠水時にも通れるように敷石したのだろう。側溝の底に溜まった小さい角張った石は、冠水時にそこから運ばれてくるのかもしれない。

作業場の横を通る道路は途中でひどく陥没していて、時々通る車の中には、車体下部を擦っていくものも。ハデな音を立てて通って行くのは、ほとんど県外ナンバーだったように思う。北海道のパトカーも通っていった。

そういえばここに向かう途中、遠野市の「道の駅みやもり」では、京都のJAの団体を乗せた京都ナンバーのバスと、練馬ナンバーのバスを見た。震災から半年過ぎて、報道はだいぶ減ったけど、今でも被災地には日本中から助けが集まっている。


大船渡線から陸側を望む。レールは錆び付いている
大船渡線踏み切りから南側。レールが途絶えている。遮断機がないので、最初これが踏み切りと分からなかった。
(被災地での写真撮影はモラル違反です。クレームがあれば直ちに削除します)

# by fujiiymk | 2011-11-01 21:47 | 震災・ボランティア | Trackback | Comments(0) 

10/30(日)大船渡市(1)

秋田県社会福祉協議会のボラバスを使って、大船渡市へ。7/23以来、久々のボランティア。仕事が少し忙しかったり指を切ったりして、前日まであまり気分が乗らなかったけど、土曜の夕方に持ち物を準備していると、がぜん気分が高揚してきた。心が武者ぶるう。

個人が行ってできることなどは大海の一滴、浜の砂粒のようなものだけど、ほんの少しだとしても役に立てることは嬉しいし、有難い。


5時15分に県庁に集合。現地に向かう。40人程度乗れるバスに、参加者は20人くらい。大きな機材を使えるならもっと人を集めればいいのに…と思ってしまう。募集枠が足りなくて、毎回すごい競争率なのに。


大船渡のボラセンで仕事を受けて、国道45号を通って被害エリアへ。どこの被災地でも同じだけど、ある一線を越えると突然、津波の爪あとの残る風景に切り替わる。津波の被災域と非被災域の境のあたりに漁船が残っていて、ようやく解体に着手した様子だった。

市街地に下りると、周囲にはほとんど建物の基礎ばかり。そんな中に、新築をはじめたばかりの建物を2つほど見かけた。

作業場所は、1階部分が壊れた大きな廃工場の近く。工場の向こうに、白い大きなテントが2つ見えた。自衛隊は撤収したはずだから、何かの仮作業場だろうか。

(家に戻ってからgoogleで調べましたが、廃工場は太洋産業大船渡工場だったと思われます。断言できないのは、周囲の建物が根こそぎなくなっていて、地図と記憶を照らし合わせても確信できないから…です)

まだ陸に船が残っている。津波で川を遡上したのだろうか
ひしゃげた車、詰まれたままの泥。未だに一面このような景色が広がる。写真奥は大船渡プラザホテル、マイヤ、薬王堂。薬王堂はほとんど鉄骨だけの状態だった
太洋産業大船渡工場? 写真奥が海

(被災地での写真撮影はモラル違反です。クレームがあれば直ちに削除します)

# by fujiiymk | 2011-10-31 22:23 | 震災・ボランティア | Trackback | Comments(0) 

大船渡から帰還中なう

気付いたら、指のキズが開いてた。破傷風菌が入ってない事を願う。
ゴム手袋の中に泥は入らなかったから大丈夫と思うけど。


# by fujiiymk | 2011-10-30 18:47 | 未分類 | Trackback | Comments(0) 

指を切った

木曜の夜に包丁で指を切ってしまいました。

人差し指を、深さ1cmくらい。爪までいった。

包丁仕事でのケガは中学の頃以来で、やっぱり慣れた作業ほど気を付けないといけないですね。

消毒してカットバンで傷を固定して、作りかけの料理を作り終えてから、看護師の資格のある姉に電話して、正しい処置だったか聞こうとしたら病院事務職の義兄が出て、「血が止まったなら大丈夫。止まらないなら縫わないと」とのこと。

「話を聞く限りは多分大丈夫」と言ってくれたけど、まだ夜間診療を受け付けてるというので、大事をとって一応病院へ。

待合でも診察室でも「何を切ってる時にケガをしたか」と聞かれて、「人の恥をしつこく聞くなあ」と思ったら、これは体に菌が入ったかどうかを知るための質問だった様子。魚を切った包丁でない限り、心配はないそうな。

結局、カットバンをとって、消毒して、ガーゼと包帯を巻いてもらって帰る。自分でやった処置と変わらない!

これで診察料1,640円。まあ、安心代と思えば高くないけど。素人手当てで心配しながら過ごすよりよほどいい。

ただ、明日の日曜ボランティアで大船渡なんで、それが困った。力仕事も水仕事も支障があるし…。あと、キーボードもギターも当面弾けないな。

# by fujiiymk | 2011-10-29 21:35 | 雑記 | Trackback | Comments(0) 

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